vol.95 『愛がなんだ』 (3) 岸井ゆきのさん、今泉力哉監督インタビュー

【過去記事】シネマクエスト「神取恭子のシネマコラム」

もう観た?まだ観ていない!?

『愛がなんだ』が大ヒットしているらしい。

東京の映画館では満席&立ち見の回もあったという記事を読んでニヤニヤせずにはいられない。

20代、30代の女性のお客さんが多いそうで、登場人物を自分に当てはめて観てしまうという反応をTwitterなどで見かけて、みんな色々な恋愛をしているんだなと、改めて思った。

本当に恋は千差万別、人それぞれ。だから、面白い。(今まさにキツい状況に直面している人には申し訳ないですが)

そんな痛みも伴った恋とか愛とかは、しなければ良かったかと言えば、そうでもなくて、皆さん自分なりの答えを見つけて次へ進んでいる。そう、方向性はどうあれ。

だから、登場人物に近い年齢の人はもちろん、それを通過した人たちも観てほしい。

「あの頃のあの恋愛って何だったんだろう」「あ、私のあの頃の恋もこれでちょっと報われたかも」

と、思えるかもしれない。

私は過去の恋愛を反省したし、胸が痛かったけど、見終わってそんなダメな自分も肯定できた。

この『愛がなんだ』を多くの人が観たいと思い、苦しかったけど観て良かったと思われているのは、そういう理由なのかも。

今作についてはvol.89、vol.92でもご紹介して、特に今泉監督には何度もお話を聴いているので、当たり障りのない質問はやめて、もう少し突っ込んだお話を伺いました。

まっさらの状態で映画をご覧になりたい人はこの先読むのは禁止です。

ちょっと知識を入れて映画を観たい人、もうすでにご覧になった人には興味深いお話ばかりですよ。

8分長回し!

――今回は角田光代さん原作の作品です。監督はオリジナル作品も撮られるので、正直、原作ものはやりやすいのか、やりづらいのか、どちらでしょうか?

今泉監督「原作ものが苦手だった時期もあるんですよ。ある経験を踏まえて、原作ものは一から脚本を書かないと自分の中で決めています。今後もそうすると思います。今回も脚本家の澤井さんがベースを作ってくれていたのでストレスは少なかったですね。」

――一からはもう嫌なんですか?

今泉監督「無理ですね、能力が無い(笑)。(原作ものは)縮める作業さんですよ。原作でこれだけ面白い人物がいて、これだけ面白いシーンがあるのに、そこから2時間にするっていう作業だから。一度、漫画原作で全3巻の作品を“これはイケる”と思って書いたら、4時間以上になってしまって(笑)。だからもう省略する能力がないと今は諦めています。20ページくらいの短編を映画にしようと思っていて、それは自分でやれるならやりたいですね。」

――映画は今泉監督ならではのオリジナルのシーンがありますが、脚本を書いているうちに思いついたのか、どのように出来上がったのでしょうか?

今泉監督「脚本に1年半から2年くらいかかっていたので、その間、澤井さんが持ち帰ったり、“次は俺が書いていいですか?”ということもやらせてもらいました。劇中の旅行のシーンでナカハラが責められるシーンは俺が書かせてもらいました。自分が書いたシーンを結構残してもらったのは有難かったです。」

――映画オリジナルのラストシーンは私が取材をさせてもらった時点(vol.89参照)では、どうするかわからないと仰っていました。

岸井さん「えー!そうなんですか?」

今泉監督「脚本にはあったので、編集まで迷おう、ということだったと思います。4人での食事の後、テルコが振り向くところで終わる可能性もあったんですけど、迷うだろうからということで。」

――岸井さんは最初に台本を読んだ時、ラストについてはどう思いましたか?

岸井さん「ここまで来たか!と思いました。テルちゃんが。あれって原作にはないんですよね。この間、原作を読み返しちゃいました。」

――撮影した後、原作を読み返すことは良くあるんですか?

岸井さん「この間角田光代さんと話していて、“映画の方がテルちゃんが愛される要素がある”って仰っていて、“そうだったっけ?”と思って読み返しました。」

――それは岸井さんが演じられているからだと思います。テルちゃんがどんな時もご飯を美味しそうに食べるところとか、岸井さんだから魅力的に映ったんだと思います。

岸井さん「改めて読んでみたら、原作の方が辛いし、もっとテルコが自分の状況を認めているように思いました。“世界のストーカーは私を見習った方がいい”とか。」

今泉監督「金銭面のことを削ったんですよ。すみれのためにチョコレートを買いに行かされるとか。お金を描くと映画はどんどん貧しくなる。大事なことなんだけど、一瞬にして良くない現実が出てくる。」

岸井さん「原作では、公共料金を払わされて返ってこないとかありましたね(笑)」

――今回の映画の中で食べるシーンがとても多かったのですが、「好き」や「愛」と、「食べること」に関連性はあるんでしょうか?

今泉監督「どれだけ落ち込んだり、辛いことがあっても食欲がある人って、ある種の生命力がある人だと思うんですよ。原作からテルコはそういう人だったので、そこは大事にしましたね。あとは葉子との距離感ですね。葉子が料理を持ってきたりするので。ただ、絶対にテルコはグルメではないですよね。テルコは何でもいいんですよ。テルコは普段、金麦っていう発泡酒を飲んでいて、マモちゃんはプレミアムモルツを飲んでいる。マモちゃんといる時はテルコもビールを飲む。葉子はエビスを飲んでいますね。」

――岸井さんは特に印象に残っている食べるシーンはありますか?

岸井さん「スパゲッティが長くて(笑)。間が難しいなと思いました。」

今泉監督「すみれさんとのシーンね。あのシーンは実はもっと長くてめっちゃ切りました。」

岸井さん「花火のシーンはありましたよね?」

今泉監督「線香花火のシーンはあるんだけど、編集ですごい戦いが起きたんですよ。意見が全員違ったんです。“線香花火が最後まで残った人が幸せになる”と言って花火をするシーンだったので、最後まで見せるかどうか。俺は結論まで見せないという考えだったんですけど、延々観ていられると思ったので長めにしたら、“長い!長い!”と言われて。」

――撮影はワンシーン長めだったんですね?

岸井さん「そうですね。じっくり撮ってもらいました。」

――マモちゃんがテルコの家に来るシーンの長回しは、スゴい!と思いました。

今泉監督「8分らしいですよ。」

岸井さん「8分!?そんな経験なかなかできないですよ。」

――あれは全部台本上のセリフなんですか?

岸井さん「はい!」

――すごく作りこんであるんですね。

岸井さん「でもリハーサルはそんなにやっていないですよね?」

今泉監督「全然やっていないですね。慣れちゃうのが怖かったので。」

――二人の空気感がスゴいなと思いました。

岸井さん「あのシーンはテルちゃんとしては、もうちょっと気付いてほしい気持ちがあって。」

今泉監督「あそこ覚えてます?テストの時に、テルコがやりすぎたんですよ。落ち込みすぎていて、それはダメだという話をしたのを、いま思い出しました。それに気づかないマモルがバカすぎるから、“なるべく凹んでない風にギリギリを保って”って言いましたね。」

岸井さん「すごい覚えてます!今泉さんが椅子に座って、“抑えろ~!!!”って言っていたのをすごい覚えてます!“ごめんなさい!わかりました!”って言って(笑)」

今泉さん「本番で俺がOKした瞬間に、プロデューサーが飛んできたんですよ。“いまのでOKで大丈夫ですか?”って。何でかというと、プロデューサーはその場に居なくて、音だけ聞いていたんですよ。音だけだとテルコがそんなに動揺していないように聞こえたらしいんです。それで、“これはめちゃくちゃうまくいった!”と思いました。音では分からなくて表情でギリギリ伝わる芝居になったんだと思って。」

――それは役者さんが正解をだせた瞬間ですね。岸井さんは今泉監督の演出で“何が正解だろう?”と思うことはありませんでしたか?

岸井さん「ありますね!マモちゃんとのキスシーンのところは、一発でOKで、“ちょっと待って!これでOKということは、これが使われる!”と思って、唯一言いました。」

今泉さん「役者さんからもう一回やりたいと言われることは無いんですけど、キスシーンのところだけ、岸井さんが飛んできて…いや、ゆっくり来ましたけど(笑)」

岸井さん「“ちょっと、あの、一つだけいいですか?”って。」

今泉監督「マモちゃんが冷たすぎたんですよね。“テルコは自分に対しての愛情が無くてもいいし、好かれてなくてもいい、慰めとして体を求められてもいいんだけど、もう肉体としてすら求められていない”って言われたから、そんなに冷たかったかなと思って、成田凌さんのところに行って、“岸井さんがこう言ってるんだけど”って(笑)」

岸井さん「あはははは!」

今泉監督「もう一回やったら、今度は成田さんがもう、愛情ある感じでやっちゃったから“それは違うよね!”って言って、微調整しましたね(笑)」

――それから、話題になっている「追いケチャップ」。ビックリされました?

岸井さん「ビックリしました!あんなこと!」

――動画で改めて観たら、岸井さんがマジ照れされているように見えました。

岸井さん「マジ照れですね、あれは!監督が“成田が出ちゃってる!”って仰っていますけど、岸井も出ちゃってます(笑)」

――他にも印象に残ったシーンはありますか?

岸井さん「すみれさんに呼ばれて中目黒のお店に行くシーンで、すみれさんに対してマモちゃんが尽くすところが、スゴくて!私は見ているだけなんですけど、一刻も早くここを出たいと思ったくらい(笑)。すみれさんの灰皿を替えたり、マモちゃんてこういう表情をするんだって、尻尾を振っているワンちゃんみたいで、すごくショックでした。」

――女性としては見たくないですよね、マモちゃんダサいなって。

岸井さん「そうですよね。」

今泉監督「成田さんがちょっとだけ過剰にやってくれていましたよね。ラストの4人のシーンも相変わらず“灰皿大丈夫?”とかずっと気遣いしていましたよね。」

――それは台本にあるんですか?

今泉監督「細かくは書いていないです。灰皿を取り替えてとかは書いていないですね。」

“愛”とは何だ?

――深川麻衣さん演じる葉子との友達関係も気になりました。

岸井さん「私は恋愛の話は人にしないですね。」

今泉監督「相談されることはある?」

岸井さん「ありますね!最近男の子にも言われるようになって、ビックリしています。私も相談を受ける側になったんだと思って。『愛がなんだ』って、愛が分かってる人がやっているわけではないのに(笑)」

――この映画のせいですかね?

岸井さん「わかんないですけど、最近すごく多いんです。」

今泉監督「答えを持っていそうな感じがするもんね。しっかりして見える。弱音を吐かなそう。葉子まではいかないけど、きちっと制して注意をしてくれそう。」

――甘やかさなそう?

岸井さん「あー!甘やかさないですね!言ってきてくれたからにはちゃんと答える。でも止めなよ、とは言えないです。よく“テルちゃんにどんな声をかけたいですか?”って聞かれるんですけど、止めなって絶対言えないだろうなと思います。」

今泉監督「難しいですよね。見た目とか一目ぼれじゃない限り、誰かを好きになるってその人にしか分からないですもんね。それを人が何か言うのは、一番野暮ですよね。」

――最後に『愛がなんだ』をご覧になった方で、「結局タイトルの意味がわかりませんでした」という方もいるんですが、お二人はどうお答えになりますか?

今泉監督「確かにね。もともと原作の角田さんがつけたのは“愛がなんだ?”っていうクエスチョンではなくて、“愛がなんだってんだ”という、それが全てではないということ。全てでもあるし、まったく関係のないただの言葉でもあるし。言葉の無いかたちまでテルコはいってしまうので。難しいですね。」

岸井さん「その二文字からはみ出しちゃってるものだと思う。『愛がなんだ』だから、この映画なんだと思います。」

今泉監督「恋愛ではずっとその人を好きで居続けるというのは分からないんですけど、子どもができて、ちょっと大きくなってきたときに、その関係は“無償の愛”だと思いましたね。求めない愛、当たり前に玄関を開けたら走ってくる、あの感じは恋愛とはまったく次元の違う愛なんだなと思いました。」

岸井さん「私は子どもを産んでからじゃないと愛って分からないって思ってました。多分子どもに対する思いが“愛”なんだろうなって、18歳くらいの時に気付いた(笑)」

今泉監督「本当の愛は“考えて”ではないところですね。何の嫉妬心もないし、何の作為もなく、というのが本当の愛だと思うな。恋愛的な愛は無いと思う。」

岸井さん「恋愛での“愛”は分からないですね。私、以前に戦国時代を描いた舞台をやって、どうしても皆を助けたい、でも私はこんなに小さいし、刀もすごく短くて、私じゃ絶対守れないって分かってるんだけど、この人たちを全員を守る!って思った時に、“あ!これが愛なのかもしれない”と思いました(笑)」

インタビューはここで終了だったのですが、歩きながらも話は続き、

今泉監督「報われない、というのが大事な気がしますね。」

岸井さん「相手がどう思うとか要らない。」

今泉監督「やっぱり、片思いの方が、愛に近いですね。」

深いお話で、ずっと答えを探っていたい、そんな時間でした。

皆さんも『愛がなんだ』を観て、自分の“愛”のかたち探ってみてください。

答えは自分にしかわからない、それでいいと思います!

↓前回の『愛がなんだ』のコラムはこちら!
vol.92 『愛がなんだ』(2) 岸井ゆきのさん、今泉力哉監督 初日舞台挨拶

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