vol.135 映画『his』  宮沢氷魚さん、藤原季節さん インタビュー

vol.135 映画『his』  宮沢氷魚さん、藤原季節さん インタビュー 【過去記事】シネマクエスト「神取恭子のシネマコラム」

エンドロールも味わって

映画『his』を観たいと楽しみにしている方は、どんなところに惹かれているのだろうか?

宮沢氷魚さんと藤原季節さんというキャスティング?

LGBTQがテーマになっているから?

今泉力哉監督の作品だから?

ドラマ『his』を観て映画も気になったから?

それを全部満たしてくれる作品だと私は思う。

さらに言うなら、もっと別の温かな感情を持ち帰ることができると思う。

物語は、かつて恋人同士だった男性二人の、8年ぶりの再会からスタートする。

東京の会社を辞め、田舎に移住した迅(宮沢氷魚)のもとに、突然別れを告げて去っていった渚(藤原季節)が、娘の空を連れて現れる。

迅と渚の同性愛の話だと思っている方も多いと思うが、渚と離婚調停中の玲奈(松本若菜)の存在や、町役場で移住者の世話をする美里(松本穂香)、迅が移住した岐阜県白川町の人々・・・。

二人が様々な人たちと関わることによって、恋愛というより人間愛がより濃く描かれる。

そこにある優しさを取りこぼしたくない。

それから、エンドロールで帰るのは、もったいないので止めた方がいい。

主題歌「マリアロード」はSano ibukiさんの書下ろし楽曲。

今泉監督とSanoさんが作り上げたこの曲がラストシーンのあとに流れると、映画の余韻と劇中の大切なセリフが蘇り、私たちに寄り添ってくれる。

先日の舞台挨拶で上映後のお客さんのほとんどが目を潤ませていたのも納得以外ない。

このコラムも「マリアロード」を聴きながら書いている(聴き入ってしまって困ります)。2番の歌詞がさらに良い。

今回は、主演の宮沢氷魚さんと藤原季節さんのインタビューを。司会をさせてもらった舞台挨拶の様子は次回レポートします。

役者生命がかかっている

――お二人のキャスティングはだいぶ前から聞いていたので、公開をとても楽しみにしていました!作品を拝見したら、もう本当に迅と渚はお二人がぴったりだったと改めて感じて、さらに宮沢さんはどうしてあんなに透明感があるんだろうと思いました。

藤原さん「ありますね。特に『his』はめちゃくちゃありますね。」

――宮沢さんは透明感を目指しているわけでは…?

宮沢さん「いや、目指しては無いです(笑)。でも、よく言われますね。透明感とは何だろう?と思いつつ、でも嬉しいですね。」

――藤原さんから見て、その透明感はどのように感じているんですか?

藤原さん「発光している感じというか、内面からわぁーっと光っている感じがしましたね、白川町で。あの鹿を撃った後の表情はものすごく発光して見えたんですよね。大画面でこの表情を見られるのは贅沢だなと思いました。」

――そのシーンは印象的でしたが、もう一度しっかり映画館で観たいですね。

藤原さん「おススメです!僕、ああいう瞬間に出会いたくて映画観るの好きなんですよね。ひとつの生命を奪った後の人間の言葉に出来ない感情を目の当たりにしたときに、感動して泣きたくなっちゃうんですよ。」

――あのシーンをこの映画の中に入れるというのは面白いというか、素晴らしいですね。

宮沢さん「うん。(おおきく頷き)」

藤原さん「ホントですよね。直接関係ないし、鹿を撃ったからと言って迅にどう影響するかは描かれていないわけですから。」

――脚本にはもともと入っていたんですか?どういう風に宮沢さんは受け止められたのでしょうか?

宮沢さん「もしかしたら、迅も渚も自分の命の尊さを見失っていたというか、自らの命を奪おうと思った瞬間もあると思うんですよね。生きていることを実感する、とても重要なシーンになったと思います。」

――そのシーンで鈴木慶一さん演じる緒方さんや、他にも、根岸季衣さん演じる房子さんが言うセリフは、今泉監督らしい、人間っていいなと思えるシーンでした。お二人が印象に残っているシーンはありますか?

宮沢さん「緒方さんとのシーンは全部印象に残っています。特に鍋を食べるシーンは、迅も渚も常に差別されている側で、それを意識せざるを得ない、自分にプレッシャーをかけている立場にいるので、緒方さんと居ると自分にちょっと正直になれるというか、ちょっと肩の荷が下りるというか、そういう瞬間が緒方さんとはある気がして、その時間を渚と空と共有できたというのは、僕はすごく大好きなシーンですね。」

――今泉監督はとても食べ物を美味しそうに撮る監督ですよね?

宮沢さん「はい。上手いですよね。実際美味しかったですし、それをさらに美味しく見せる。」

――本当に全部美味しかったんですか?

宮沢さん、藤原さん「美味しかったです!」

――藤原さんのお気に入りシーンは?

藤原さん「先ほど仰った、座敷でカミングアウトするシーンの迅のセリフがすごく気に入っています。“今まで優しくないのは世界だと決めつけていたけど、優しくないのは自分でした”。あれはすごくいいセリフで、自分から世界を好きにならなきゃ、自分も愛してもらえないのは当然だし、誰かを好きになることの大事さも考えましたね。自分から“あなたのことが好きです”と意思表示をすることで、その“好き”は返ってくる。あのセリフはずっと残り続ける言葉ですね。」

――今泉監督は何度かインタビューさせてもらったり、『愛がなんだ』の撮影現場もお邪魔したのですが、撮影中ものすごく面白い姿勢で座っていたりしますよね?気になりませんでしたか?

宮沢さん「とんでもない姿勢ですよね。最初は変わった人だなって(笑)。あんなに猫背な人、会ったことないです。」

藤原さん「ないよね(笑)。ご飯を一緒に食べていても、(ジェスチャー)猫背過ぎて!」

――でも、私は今泉監督の作品は全部好きです!お好きな作品はありますか?

宮沢さん「僕は『愛がなんだ』が好きです。今泉監督の作品は全部リアル。激しく展開があって、大きい山があって、ゴールに向かっていくという映画の方が、もしかしたら観ている人はドキドキして、大勢の人が楽しめるかもしれませんけど、普通に生活していてそんなことってめったにないじゃないですか?小っちゃい出来事が色々あって、という連続だと思うので、今泉さんはそれを描くのが上手いというか、だからこそ共感できるのかなと思います。」

――今泉監督は「恋愛映画の旗手」とも呼ばれていて、今回の『his』は恋愛であり、人間を描いている作品だと思いますが、監督の演出で良かったなという点はありますか?

藤原さん「あれすごくなかった?布団を買いに行くシーンで、全員の目線を撮ったじゃん。やっぱり恋愛映画の名手だよね。」

――布団のシーンですか?

藤原さん「渚と迅が喋っていて、そこに松本穂香ちゃん演じる美里ちゃんが入ってきて、空も居る。迅と美里が何気ない会話をしているんですけど、その時の渚の表情、空の表情、迅の表情、美里ちゃんの表情、みんな撮って、目線で関係性を追うんですよ。美里と迅が話しているのを見つめている渚、迅を見つめている渚を空が見ていて、というように。“これ、全部撮るんだ!”とびっくりしたんですよ。」

――なるほど!一番苦労したシーンは?

宮沢さん「苦労したシーンというか、一番緊張感のあったシーンは、渚が迅にテーブルを超えてキスを迫るところです。シーン自体も緊張感があったんですけど、僕たちの段取りをみて、監督やスタッフさんがそれを察してくれて、必要な人間しかその場に入れないで、最少人数で撮影してくれました。なるべく少ないカット数で撮ろうと、僕たちがお願いしたわけでもなく、誰かが何かを言ったわけではなく、自然とそうなったので…。あのシーンは緊張感があったね?」

藤原さん「段取りで、ふたりともボロ泣きして、ぐちゃぐちゃになるまで芝居して、これは何度も演るのは無理だなと、カメラマンさんとか全員判断してくれて。だから、僕らがキスして、はいカットで、この続きは別の角度から撮ります、ではなくて、僕らがキスしているところで、カメラマンさんとかがグルっとあらゆるところを動いているんですよ。(こういう撮影の仕方は)今泉組でこれまで一回もなかったので、何度も何度も繰り返さなくてもいいように、瞬間を撮ろうとしてくれていたんだなと思いました。」

――撮影中は精神的にキツいときも多かったと思いますが、お互いの存在が助けになったと色々なインタビューで拝見しています。どういう瞬間に助かったな思ったのでしょうか?

宮沢さん「僕は居てくれるだけで助かりました。迅を演じていてすごく辛い瞬間がいっぱいあったんですよ。これを理解してくれるは渚を演じている季節くんだけだと思っていたし、別に会話をするわけじゃないし、“ここがしんどいんだよね”と言うこともなく、居てくれて、それを感じ取ってくれているだけで、僕はすごくすごく救われたかな。」

――相手役が藤原さんで良かったということですね?

宮沢さん「もちろんです。他の役者さんでも、それはそれでひとつの映画として成立していたと思うんですけども、今回完成した『his』にはなっていなかったと思いますね。」

藤原さん「考えられないですね、他の人が迅を演じるのは。確かに僕も“この苦しみは迅にしかわからないだろう”というのはありましたね。キスシーンとかをしても、本当の意味で100%同性愛者の方の気持ちを理解できない壁がバンっと見えちゃうんですよ。その時は本当に心から傷つくというか、それで二人ともキスシーンをした後とかに立ち上がれないくらいになってしまって。色々な激情を理解してくれるのは同じシーンを演じた人だけだなと思います。」

――そういう意味では、初めにこの役のお話があった時は迷ったりはしなかったんですか?

藤原さん「まったく!」

宮沢さん「まったくないですね!」

――傍から見ると、とても難しい役だな思うのですが。

宮沢さん「やっぱり、難しい役って魅力的なんですよね。そこに挑戦したいし、そういう役をいただけるだけですごく嬉しいし。挑戦したい人は山ほどいる中、僕たちを選んでくれたということに応えたい。どんどんチャレンジングな役に挑戦していくから僕たちのスキルも上がっていくし、やりがいもあると思うので、挑戦的であればあるほどやりたいです。」

藤原さん「冷静に考えると、役者生命がかかっています、この作品。だって、この作品でふざけた演技をしてしまったらおしまいです。今考えると、かなり役者生命がかかった勝負でしたね。」

――いま感じたんですか?

藤原さん「当時の自分は体が気づいていたので、あれほどのプレッシャーに苦しめられていたんだと思いますけど。はっきり自覚したのは今ですね(笑)」

――いまLGBTQの話題についてはとても注目されているので、この作品がどう見られるのかは気になりますよね?

藤原さん「どう見られるか、というより、愛してもらえるかが気になりますね。いいんですよ。嫌われることも愛情の一つなので。無関心が一番傷つきますね、この映画に関しては。」

宮沢さん「皆が皆“すごくいい映画だったよ”って言ってくれる必要もないですし、中には“ちょっと俺は違うと思う”という人がいてもいいと思うし、そこで色んな意見が生まれることがたぶん一番だと思うし、正解は無い。僕らが提示している答えというものも無いですし、これはそれぞれの生き方を提示しているだけ。それがひとつの正解かもしれないけど、それ以外に色んな答えがあると思うので、それぞれが見つけ出してくれればいいかなと思います。」

――お二人は完成した作品を観た時は、やったな!という感情だったのか、どんなお気持ちで観終わったのでしょうか?

宮沢さん「やったな!という気持ちと、いよいよ始まったな、これからだな、という気持ちがありました。出来てしまったんだという気持ちもありました。」

藤原さん「“傑作だ!わーい”!“という気持ちには、僕と氷魚くんはなれなくて、劇場を出た後のスタッフの皆さんの拍手と目を見たら、ひょっとしたらいい映画になったんじゃないかなという感動的な瞬間でしたね。」

――これから実感していくものなんですかね?

藤原さん「今日の舞台挨拶も、(劇場での)上映後は初めてで。」

宮沢さん「全部上映前だったんですよ。今回は観た人のリアルなリアクションを見ることができる。」

藤原さん「全然違うと思う!」

――観る前と観た後の印象が本当に違う作品ですよね。ラストシーンがすごくいいですよね。台本にはなく、皆さんの体が自然に動いたシーンだそうで、そのシーンが使われるとは思っていなかった?

藤原さん「ずっと長回しで、自分たちがどうやっていたのかも覚えていないくらいです。」

宮沢さん「それをちゃんと回している監督もすごいよね。何かの奇跡を信じて、というか。」

藤原さん「あのシーンの(空役の)紗玖良ちゃんはすごかったよね。(渚が)“強くなったな!”って言ったら“強いの!”って言ったのはアドリブですからね。天才ですよね。」

――紗玖良ちゃん、本当に天才ですよね!

藤原さん「 嬉しいですね、そう言ってもらえると。有名になっちゃうかも!」

宮沢さん「覚えててくれるかな~。」

――予告でも流れている、空ちゃんと「大成功!」とハイタッチするシーンなどはナチュラルに出来たんですか?

宮沢さん「いろいろ引き出してもらいました。」

――逆にですか?

宮沢さん「はい。僕たちは何もしていないくらいだった。」

――小さいお子さんと絡むこともこれまで少なかったですもんね?

宮沢さん「小さい、生後2秒の赤ちゃんとかはあったんですけどね(笑)」

藤原さん「そうか、『コウノドリ』ね!僕たち使命感が強いので、“紗玖良ちゃんの心を引き出せるように頑張ろうね”って言っていたんですけど、完成した作品観たら、逆じゃん!って。頼り切りでした(笑)」

舞台挨拶では、このインタビューにリンクするお話も。次回をお楽しみに!

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