vol.89『愛がなんだ』(1)撮影現場レポート

【過去記事】シネマクエスト「神取恭子のシネマコラム」

撮影現場に潜入

4月19日(金)公開の映画『愛がなんだ』。

角田光代さんの恋愛小説が原作で、「サッドティー」や「パンとバスと2度目のハツコイ」の今泉力哉監督が、主人公テルコの片思いをヒリヒリと描いている本作。

テルコは、一途と言うより「もう止めておけ!」とツッコミたくなるほどの“痛すぎる”恋愛至上主義。

私は自分でも“痛め女子”だと自覚しているけど、テルコの痛さは、共感のその先にまでいってしまっている。

テルコを演じるのは、朝ドラ「まんぷく」でも活躍している岸井ゆきのさん。


これまでの彼女の出演作は何作も見ていて、独特の存在感と可愛らしさが気になる女優さんでした。

そして、テルコが執着する片思いの相手、マモルを演じるのは成田凌さん。

成田さんは言わずもがなのイケメンですが、「コード・ブルー…」のような、オドオドした役もハマるし、「ビブリア古書堂…」のようなミステリアスな役も良い。

今回のマモルのような“ダメの中のダメ男”も、リアルに演じられる役者さん。


この二人と、その周りの人間のどうしようもない恋愛模様が、観終わった後、ペタッとシミのようにくっついて離れない、映画『愛がなんだ』。

撮影現場を取材させてもらったのは、去年の6月20日。撮影8日目でした。

都内のとあるレストランで夕方から深夜まで行われた撮影は、映画でも大切な場面。

岸井さん演じるテルコ、成田さん演じるマモル、江口のりこさん演じるすみれさんなどがテーブルを囲むシーン。

原作を読んでいたので、それぞれの思いが交錯する重要なシーンと分かってはいたのですが、期待からくる今泉監督の俳優さんへの「もう一回」が止まらない、静かに熱気を帯びた現場でした。

同期はかまいたち

撮影の休憩中、夕食をとっている今泉監督の隣に失礼して、この日の撮影について気になったことを伺った。

この日は原作にはない、子どもの頃のテルコが登場するシーンの撮影も行われていた。

今泉監督「原作には心の声があるけど、映画には無いから、説明過剰と説明不足の難しさがある。テルコのマモルに対する気持ちを表すのに、説明と映像的な表現という意味で子どもテルコが何回か出てきます。」

――テルコが子どもテルコに対して「何それ」という言い方にすごくこだわっていましたね。

今泉監督「でも、どれがいいのか僕も分かっていない (笑)。僕が演出する前に岸井さんが言った、“ちょっと引いた感じの「何それ」”が正解かもなのしれない。この後にナレーションも入ってくるので、“温度の低い少し呆れた感じの「何それ」”の方が分かりやすいかもしれないし、僕の言った、“もう何だか分からない、あっけらかんとした「何それ」”の方がちょっとヤバい人の感じが出るかもしれない。正解は一つじゃないので」

――確かに、原作を読んで“テルコはどうなっちゃったんだろう”という危うさを感じました。

今泉監督「そういう意味でいうと、ラストシーンも原作にはないものを考えているんですけど…(ネタバレなので割愛します)、そこに行きつくには“好きって何のことですか?”くらいに混乱したり、分からなくなっていた方がいいかもしれない。」

――監督のこれまでの作品も含めて「好き」という言葉にこだわりがあるのでしょうか?

今泉監督「たまたまそういう作品が多いんですけど、同じ言葉でもすごく幅があるじゃないですか。例えば「愛してる」は日常でも使わないし、映画でも使わない。その言葉が持つ幅が狭いと思うんです。でも「好き」というのは、人によっても違うし、重くも軽くもなる。曖昧さや幅の広さに興味があるのかな。人間関係を描くときに恋愛に興味があるというか、そこ以外に興味がない。すぐ惚れるし(笑)。」

――え?惚れやすいんですか?

今泉監督「惚れやすいです。結婚してますけどね。」

――綺麗な女優さんとたくさんお仕事しますけど…。

今泉監督「そう。結婚して良かった一番の理由は、また惚れて告白してフラれることがないことです(笑)」

岸井さん、成田さんとは今回が初めてのタッグ。しかし、成田さんは以前から良く知った仲だったそう。

今泉監督「成田とは飲み友達だったんですよ。役者さんでそんな人は他にいないんですけど。僕のやった俳優のワークショップに参加したのが最初です。」


――こんなにブレイクする前ですよね。監督の作品に出る前に、あれよあれよという間に人気俳優さんに。

今泉監督「すごいですよね。その時もお芝居は面白かったですよ。芝居するのが好きなんだと思います。それは岸井さんも江口さんもそうだと思います。成田と飲んでいてもそういう話ばかりしていますね、ドラマとか映画の現場の話とか。色々な人と共演して場数を踏んでいるので。」

――短期間でむちゃくちゃ吸収しているということでしょうか。

今泉監督「それもありますし、意見も持ってますよね。意見のある人は面白いですよ。昨日の撮影でテルコとマモルが夜道を歩くシーンがあったんですけど、“マモルが冷たく見えるからもう少し優しく、可能ならテルコを見てみて”と言ったんですけど、成田は“いや、見れるかな?(この場面では見れないですよ、の意味)”と言っていて。そういう話し合いが出来るのが一番うれしいですね。」

その他にも、盛りだくさんの内容ですべてお伝え出来ず残念です。

大学の卒業制作の映画が全然うまくできず、映画監督を諦めかけたというお話。

その後、一年間、NSC(吉本興業の養成所)に通ってネタを作っていたというお話。(同期は、かまいたちさん、天竺鼠さん、藤崎マーケットさんなど)

映画監督さん、しかもオリジナルの作品も手掛ける監督さんの頭の中はやはり想像を超えていて、覗いても覗きたりないです。

この取材時はどんな作品が出来るのか未知の部分が多い中、監督が最後に仰っていたのは、

今泉監督「課題は色々あるんですけどね、一番は、成田が格好良すぎることです(笑)」

監督×俳優=?

今泉監督のインタビューでもありましたが、成田さんと監督は以前から飲み友達だったそう。

この取材で一番印象に残っているのは、成田さん演じるマモルが振り返るときの表情を何度も何度もやり直していたこと。

素人の私から見ると、成田さんが毎度変えて出してくる表情や雰囲気はどれも“いいなぁ”と思ったのですが、監督のちょっと悩んでからの静かな「もう一回」のこだわりはすごかった。

何が正解かを監督も成田さんも探りあって、“これはどうだ”“これならどうだ”“いやまだ違う顔ができるはず”“もっと!”という、物言わぬ俳優と監督のせめぎあい。

信頼関係があるからこそ、納得させたい、良さを最大限に引き出したい、という思いを戦わせることができたのでは?と思っています。勝手な想像ですが。

撮影現場を取材させてもらい、そんな醍醐味を目撃できたのは有難いことです。

故に、映画が完成してそのシーンを初めて観た時はとても感慨深かった。

“ああ、監督がこだわったのはこれか!”という、まさに“顔で魅せる”シーンになっていました。

TIFFレッドカーペット

その数か月後に「東京国際映画祭」でコンペティション部門に選ばれた本作。

レッドカーペットでオフィシャルのインタビューアーをさせてもらったので、その様子も少し。

登壇したのは、今泉力哉監督、主演の岸井ゆきのさん、深川麻衣さん、若葉竜也さん。

――日本映画スプラッシュには何度か選ばれていますが、今回コンペティション部門に選ばれたお気持ちは?

今泉監督「嬉しいですね。スプラッシュで一緒になって友達になった監督で、コンペティションや海外の映画祭に行っている先輩や同世代の監督もいるので、また話ができるなと思っています。」

――今回の作品の出来はいかがですか?

今泉監督「今回は原作がありますけど、これまでのオリジナルと同じように自分がやりたい映画になったと思っています。」

――主演の岸井さん、そして成田さんはいかがでしたか?

今泉監督「すごく魅力的ですね。自分は“こういう芝居で”と決めないタイプなので、現場で相談しながら、迷いながらやっていても許容してくれて。役者さんは困っていたかもしれないですけど(笑)。そうやって一緒に作れたのは良かったと思います。」

――私が取材にお邪魔した時もすごく迷っていましたね(笑)。

今泉監督「その日のその瞬間だけじゃないです(笑)」

岸井さん「ずっと迷ってた(笑)。一緒に迷っていましたね。」

――岸井さんは、東京国際映画祭は何度も出られていると思いますが、コンペティションで主演でというのはいかがですか?

岸井さん「海外の作品と一緒に上映されるというのと、スクリーンの大きさも違いますし、映画を観て下さる方が増えるのは気合が入るし、本当に嬉しいことだと思っています。」

――今回の出来はいかがですか?

岸井さん「まだ客観的に見ることが出来ていないので、なんとも言えないんですけど…。台本読んで全部分かっていても、“私ここでこういう風に感情が動くんだ”というのが、映画になって分かりました。きっと皆の心に届く作品になるだろうなとエンドロールを観た時に思いました。」

――成田さんと共演して印象に残ったことはありますか?

岸井さん「成田凌くんはとっても面白い方で、一緒に縄跳びをやったのがすごく印象に残ってますね。成田さんがハマっていたので、ほぼ毎日していて、縄跳びを一本くれました(笑)。」

――深川さんは今回の作品はいかがでしたか?

深川さん「難しいテーマではあると思うんですけど、不器用な登場人物たちがたくさん出てきて、観終わった時にタイトルの意味がさらに愛しくなるような作品なっているので、早くたくさんの方に映画館で観ていただきたいです。」

――若葉さんが演じられたナカハラの役が、スタッフの間ではとても評判がいいです。

若葉さん「ありがとうございます。登場人物の中では共感しやすいキャラクターだからですかね。ナカハラと同じような経験をしたことがあるので(笑)。それを根底に持ってやりました。現場で監督が急遽“唾をはいて”と演出した場面があって、まわりは“えー”となったんですけど、僕はすごく気持ちがわかりました。」

――最後に見どころをお願いします。

今泉監督「人間関係やそれぞれの片思いのちょっとした差を楽しんでいただければと思います。共感できる人もいるかもしれないし、全員違うという人もいるかもしれないんですけど、観た後に答えが一つになる映画ではないと思うので、観終わった後も色々話して、楽しんでいただければと思います。」

岸井さん「本当に色んな意見が聞ける映画だと思います。テルコに感情移入する人もいるだろうし、葉子やナカハラくんに感情移入する人もいる、それがひとつも間違っていない、自分が思うことが愛だと思います。自分を肯定も否定も出来る映画だと思うので、映画を観て“愛ってなんだろうね”という会話をしてもえたら、私たちも嬉しいです。」

さて、みなさんは誰に共感するのか、誰にも共感できないのか。

今泉監督の描いたオリジナルのラストはテルコの究極の愛を感じました。

それぞれの片思いの行方をぜひ観てほしいです。

恐らく追加取材もあると思いますので、今回は、その(1)ということで。お楽しみに!

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